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ThreePEACE

IGARI YUSUKE

インタビュー

−猪狩さんはもともと美容師をされていたんですよね。

そうなんです。目指すようになったきっかけは単純で、学生の頃、自分の髪をいじるのが楽しかったんですよ。ちょうどDA PUMPの人気が全盛でISSAさんのヘアスタイルに憧れていて。彼がヘアスタイルを変えるたびに自分もマネしてドレッドやツイストにしてみたり、ブリーチで髪色を真っ白にしたり・・・・・やりたい放題でしたね。そして、案外うまくできていた(笑)。純

粋に好きなことを仕事にできたらと思って、高校を卒業したあと美容専門学校に通うことにしたんです。専門学校卒業後は、世田谷に出来たばかりのヘアサロンに就職。オープニングスタッフとして社会人としての生活をスタートさせました。そのサロンには当時流行していたアートメイクのメニューがあったんですが、メイクに関する知識すらなかった僕はそこに関しては戦力外。

スキルアップのためにメイクスクールに通うことに決めたんです。と言ってもどこに通ったらいいのかわからず、インターネットで「メイクスクール」と検索してみたら、嶋田ちあきさんのスクールの名前が真っ先にヒット。嶋田さんのことはよく雑誌でクレジットを拝見していたのでそれなら間違いないと思い、すぐに入学を決めました。


—美容師と学生、二足の草鞋を履く毎日がスタートしたわけですね。

はい。と言ってもメイクスクールは週3回の夜間コースで、授業のある曜日にサロンが終わってから通っていました。そのスクールの卒業制作が自分の作品ブック制作だったんです。クール、エレガント、カジュアル、ブライダル、キュートの全5ジャンルをテーマにヘア&メイクを作り上げてプロのカメラマンさんに撮影してもらうのですが、その時、自分の頭の中にあるイメージが形になっていくことに未だかつでないほどの充実感を感じたんです。

すべて撮り終えて、あとは卒業式を残すのみというタイミングになった頃には、もうヘア&メイクという仕事の虜。気がついた時には「このままサロンに勤務し続けるよりも、ヘア&メイクとして現場に出て自分の実力を試してみたい」という気持ちが確固たるものとなっていました。それですぐさま、プロのヘア&メイクさんのアシスタントをしてデビューへの糸口をつかもうと就職活動をスタートしたんですが、なかなかうまくいかなくて。

そんな中、一本の電話が鳴ったんです。「嶋田ちあきのアシスタントになりませんか?」と。天にも昇る気持ちでしたね。


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−アシスタント時代はどんな毎日を過ごされていたのですか?

最初の1年間は思うようにアシストができず、ただただ必死でした。2年目に差し掛かる頃からようやく自分に課せられた仕事はこなせるようになってきて、目の前の仕事をこなしながら嶋田さんが目の前で繰り広げる神業を観察するできるように。3年目からは時々嶋田さんに依頼が来た仕事を少し分けてもらえるようになり、5年目で独り立ちさせていただきました。

嶋田さんは本当に優しい方で、自分のご家族にも周囲のスタッフの方にも「ありがとう」という言葉を忘れないんです。実は僕、学生時代に体育会系の中で育ったせいで性格が多少がさつだったんですが、嶋田さんに師事した5年で自分でも驚くほどキャラクターが変わりました。ヘア&メイクのテクニックだけでなく、こんなに穏やかな人柄にしていただけた点でも師匠には感謝しています。

ヘア&メイクの仕事は、技術と同じくらい心配りが必要とされますから。そのあたりは、背中を見て大いに学ばせていただきました。その後、縁があって今の事務所に所属できることになったんです。デビューして初めての仕事は雑誌の「with」の読み物ページ。美容クリニックに取材に行くモデルさんを事務所の会議室でヘア&メイクして送り出したのですが、嬉しかったですね。


−デビューして感じる、ヘア&メイクの仕事の面白みは何ですか?

わずか1mmの世界で勝負できるところでしょうか。例えばアイライン一つとっても、その微差次第で表情が可愛らしくも大人っぽくもなる。その日のモデルさんの骨格や肉づきによってそのさじ加減や采配も変わってくるわけで、ひとつひとつの動作にいい意味で魂を込めて挑めるところにやりがいを感じます。ヘア&メイクってアーティストでもあり職人でもあるんですよ。


−そんな猪狩さんがこれから““くる”と思うメイクのトレンドは?

和テイストのヘア&メイクですね。4年後に東京オリンピックを控えているということもあり、世界中の関心がどんどん日本に向くと思うんです。和装もますます見直されそうですし。唇の赤、肌の白、眉と歯の黒。かつて日本のメイクはその3色だけで構築されていたのですが、その原点に立ち返るのが今、逆に新鮮に映る気がしています。

江戸時代に玉虫色の発色する笹色紅が流行して、当時の女性は上唇は従来通りのマットな赤、下唇は笹色をさして上下の唇で質感や色をコーディネートしていたそうなんですが、そんなエッセンスをはらんだメイクを提案してみたいですね。


—猪狩さんが誰にも負けないと自信が持てるテクニックとは?

肌づくりにはかなりこだわっています。肌トラブルのカバーに焦点を当てるのではなく、まるで素肌そのものが自然な輝きを放っているようなナチュラルなツヤ肌を作り込むのが僕の十八番。

的確なポイントにハイライトをほんの少しだけ入れて顔つきに立体感を宿すのも大の得意です。ベースメイクはしすぎると印象が老けて見えがちになるので、その落とし穴を念頭に置きながら、その日のモデルさんがベストなコンディションに見える肌作りをいつでも心がけています。


—多くの女優さんから支持を集めている背景は、そこにあるんですね。

そうだと嬉しいです(笑)。


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−オフの日は何をして過ごされているんですか?

こう見えて僕、女の子と男の子の2児の父親なんです。2人目はまだ生まれたばかりで何かと大変なので、休日はもっぱらパパ業に勤しんでいますが、趣味もちゃっかりこなしています。小学生の頃はサッカー部、中学ではバスケットボール部に入っていて、もともとスポーツが大好きなので、体を動かさないでいると運動したくてうずうずしてしまって。奥さんに恐縮しながらも、ジムには週2〜3回通っています。

それから、ゴルフも大切な趣味の一つ。父親からクラブセットを譲り受けたのをきっかけに打ちっぱなしに通うようになったのですが、もはやすっかりはまってしまいました。年齢を重ねても楽しめるのも魅力ですよね。50歳までにプロ級の腕前になるのを目標に頑張っています。他にはドライブも好きで、温泉にはしょっちゅう出かけますね。いい温泉ってだいたいちょっと田舎にあるじゃないですか。都会とは違う景色を目にするだけで気分転換になったりするんですよね。

—これから挑戦してみたい仕事はありますか?

先ほどお話ししたベースメイクはもちろん、スキンケアも含めて、キレイな肌作りのテクニックはどんどん提案していきたいですね。性格に職人気質なところがあるのか実用的な企画にも根気よく正面から向き合えるので、雑誌のスキンケア企画にも積極的に取り組んでいきたい。あとは、ヘア&メイクとして少しでも東京オリンピックに携われたら嬉しいですね。オリンピックのネタ、しつこくてすみません(笑)。


猪狩友介
ハリウッド美容専門学校を卒業後、サロンワークを経てヘア&メイクアップアーティストの嶋田ちあき氏に師事。丁寧な技術と穏やかな人柄で多くのモデルや女優に愛される。